スマホ、鉄道、歴史大好き。身長と女子力の高い「ぶらり旅ライター」多木曽幹也の雑学ブログ

中央西線の憂鬱。しなの号より愛をこめて

 
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1995年愛知県生まれ。大学時代、先輩に騙されて入った携帯屋のバイトでスマホの魅力に取りつかれ、機種の外観だけでメーカーと型番がわかるようになった頃、旅行にハマり、バイトの収入の大半を旅行につぎ込む。おかげで日本中の人と地元トークができるようになり、謎の知識から現在の職場では営業先の地方にいるお客様を不必要にビビらせている。 ブログ歴は2009年から書いており10年目。現在のブログは3代目。 「Deji-Tabi」(isuta1205.com)のほかに寄稿多数。お仕事依頼はisutabiz@gmail.comへ。
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しなの16号に乗って、松本を14時53分、定刻で出発した。

塩尻を出ると本格的に山が迫ってくる。しなの16号は木曽路をゆく。
振り子式の車体をくねらせながら、川沿いをふらふらと走る。
のんびり走ったら景色もきれいで楽しいのだろうが、特急なので急いでいく。
急なカーブも、速度を落とさない。85キロほどで通過していく。
川沿いを走ったかと思えば、急にトンネルに入ったりする。
とにかく中央線というものは変化に富んでいるのだ。

もともとこの路線は、東海道本線ができる前まで日本の大動脈として開通する予定だった。軍のお偉いさんが、「海沿いに本線を敷くと敵に攻撃されやすくなるから、中山道を進め」なんていうのだ。

さすがに費用、技術面で折り合いが合わず、とりまさっさと開通させようぜということで海沿いをいく現在の東海道本線が建設されたわけだが、

割と直前までどちらが本線になるか揉めたのだろう。

その面影は、武豊線というローカル線の歴史に表れている。

武豊線は東海道本線建設の資材運搬のために、旧武豊港駅から大府を過ぎ、熱田駅まで開業していた。そう、熱田といえば今の東海道本線と中央本線の分岐点である。

東海道本線が敷ければいいなら大府駅までの開業でもよかったはずなのに、熱田まで線路を引っ張った。おそらく武豊線を作り始めた段階では、東海道なのか中山道なのか、激論が交わされていたに違いない。

そんなわけで、期待を背負って敷かれた中央線。戦後、複線化と電化がなされ、愛知と長野を繋ぐ重要な路線となっている。同じく愛知と長野を結んでいる飯田線が思った以上に戦力外すぎたのだろう、国鉄時代に真っ先に振り子式特急列車を導入した。それまでは183系ディーゼルカーが頑張って走っていたそうだ。

そんな、東京都と名古屋を結ぶ中央本線なのだが、東京の人には中央線は立川までしか続いてないと思われるし、長野の人には「中央西線」なんて呼び方されるし、名古屋の人はみんな何だかんだ言って大曽根あたりまでしか利用しないのだ。

健気な中央本線を、私は応援したい。

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