スマホ、鉄道、歴史大好き。身長と女子力の高い「ぶらり旅ライター」多木曽幹也の雑学ブログ

さて、問題です。日本一「面白い」路線はどこでしょうか。①歴史に翻弄されまくった「名鉄600V線」の思い出。

2019/05/19
 
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1995年愛知県生まれ。大学時代、先輩に騙されて入った携帯屋のバイトでスマホの魅力に取りつかれ、機種の外観だけでメーカーと型番がわかるようになった頃、旅行にハマり、バイトの収入の大半を旅行につぎ込む。おかげで日本中の人と地元トークができるようになり、謎の知識から現在の職場では営業先の地方にいるお客様を不必要にビビらせている。 ブログ歴は2009年から書いており10年目。現在のブログは3代目。 「Deji-Tabi」(isuta1205.com)のほかに寄稿多数。お仕事依頼はisutabiz@gmail.comへ。
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こんにちは。デジタビです。

これまで、日本一面白い駅シリーズをダラダラと連載してきましたが、新たな視点として路線ごとで日本一を考えていきたいと思います。

過去の連載はこちら

→さて、問題です。日本一「面白い」駅はどこでしょうか。候補①「名鉄名古屋駅」

さて、問題です。日本一「面白い」駅はどこでしょうか。候補②大和西大寺駅

さて、問題です。日本一「面白い」駅はどこでしょうか。③ついたあだ名は「要塞」、京急蒲田駅

さて、問題です。日本一「面白い」駅はどこでしょうか。④日本最大の無人駅はどこにある?豊明駅

さて、岐阜に路面電車があったこと、皆さんはご存知でしょうか。

いまの岐阜駅前は銀行と学習塾がひしめく無機質な街ですが、かつては岐阜駅前から柳ケ瀬の商店街近くを通り、谷汲や美濃といった中山間地域を結ぶ路面電車がブイブイ走っていたのです。

これらは系統ごとに 岐阜市内線 揖斐線 谷汲線 美濃町線 田神線と分かれており、2005年には、すべての路線が廃線されております。

今回は便宜上、これらの路線を「600V線区」とまとめて表記します。第一回にしてルール違反じゃねぇか、という批判は甘んじて受け入れます。

実は、この岐阜市内線をはじめとする600V線区は互いに乗り入れを行っており、それゆえか、いろいろカオスな路線でした。

大正時代の名車がガンガン走ってました

名鉄モ510型電車

たとえば、当時路面電車業界では広島電鉄の「グリーンムーバー」など、低床車とよばれるバリアフリー車が流行していました。

そしてそんな中、名鉄の主力は…

え?ジブリ?

走る時代間違えてない?てか明治村走るべきじゃない?なんで21世紀の岐阜にいるの?

そんな可愛い大正時代の列車、モ510が走っていたのです。

ニックネームは、丸窓。さすがに600V線区末期は控え選手でしたが、20世紀終わりのギリギリまでは3両つないで通勤ラッシュ帯の乗客を引き受けていたりいなかったりしました。

駅は道路のペイントで

岐阜市内線は600V線区の中でも利用客の多い路線だったのですが。

そんな路線の駅が、こちらです。

競輪場前のモ600

いや!駅じゃねー!道だ!

隣の豊橋鉄道なんかはちゃんと駅ホームを用意している中、岐阜の路面電車は安全対策ガン無視の吹っ切れたプラットフォームです。実際、このプラットフォームの上を車もガンガン通過していました。

この地面の落書き…もとい、駅は、新岐阜駅前、金宝町、徹明町、千手堂、競輪場前…ほとんどの併用軌道区間で使われた、いわばスタンダードモデルだったのです。

揖斐線区間は70kmで

赤岩口にてモ800

しかし、この路上区間を終えて、忠節駅を過ぎると…そこは、揖斐線。

揖斐線では、濃尾平野の最奥をひたすら突き進みました。最高速度はなんと70キロです。

普通の路面電車は最高速度40キロなのにですよ、

なんなら車両は80キロまで出るように作っていたという、

まあなんとも飛ばし屋根性のある路線じゃないか、

揖斐線はそんな路線だったのです。

田神線にデッドセクション

モ600型電車

そして、路面電車のくせにデッドセクション(無電区間)が存在するというのも大きな特徴でした。

本来は 北陸とか関門海峡とか、 日本の境目的な場所にあるはずのデッドセクションがなぜ名鉄線内に?と思うのですが、これは路面電車の一部が各務原線というふつーの電車が走る路線に乗り入れていたからです。

普通の電車というものは、1500Vの電圧で走ります。JRや名鉄など大抵は1500V。 一方路面電車は、600V。このどちらの電圧にも対応する「複電圧車両」なるものが名鉄で走っていたのです。

しかしなぜ、新岐阜駅前という駅がありながら新岐阜駅内に乗り入れようと思ったんだろう…?それだけのために専用の車両や設備、ホームをこしらえていたわけで、相当コスパが悪そうであると素人目にもわかります。

廃止の理由は…車が邪魔だから?車の邪魔だから?

廃線跡

わざわざ80キロで走れる車両を作ったり、2つの電圧に対応可能な車両をつくったり、涙ぐましい努力をしていたのは、

岐阜市がものっすごい、路面電車を嫌っていたからです。

もともと路面電車は1967年に廃止が決まったのを、名鉄が必死に継続していたものでした。

しかし路面電車が走るには狭すぎる道。車の邪魔になるという理由で岐阜市内線は岐阜市から嫌われ続けます。例えて言うならば担任の先生にいじめられてる生徒状態。 健気かよ。

岐阜市の路面電車は特殊なことに、本来は道路交通法で禁止されている「車の軌道内への侵入」が許可された路線でした。

ですから車は右折するときや追い越しをするとき、線路内に入ります。右折レーンが渋滞すると、電車も渋滞の餌食になります。 そのせいで終点まで電車がたどり着けないなんてこともあったようです。

そんなわけで市や自動車ユーザーからは疎まれ、乗客からは嫌われ…2005年に600V線区は全廃されました。

岐阜の有志団体や、岡山の鉄道会社や、フランスの鉄道会社から事業継承の強い要望があったにもかかわらず、廃線になりいまや線路の面影を探すことも難しくなりました。

いまでは岐阜の町はずれを散歩していると、線路一本分の不思議な空き地があり、鉄道ファンや感が鋭い人だけが、かつてここに鉄路があったことを想像できるのみ。

そのほかには金(こがね)公園や美濃駅、谷汲駅などで保存されている車両をみて、岐阜にはかつて路面電車があったんだとなんとか知ることができる。

そんな程度にまで、鉄道が昔のものになってしまっております。

それでも、柳ケ瀬商店街の寂れっぷりや、 駅前の無機質な町並みを見るたびに、 岐阜には路面電車があるべきだったのでは、と、一個人として思います。

私は、 「なぜ21世紀になってこんな路線が残ったんだ?」 という思いと、 「なぜ21世紀になってこんな路線を廃止したんだ?」 という思いが交錯します。

名鉄600V線区が全廃された翌年、富山でライトレールが開業し、路面電車の成功事例として広くニュースになりました。

なぜ岐阜は路面電車を廃止にしてしまったのか。ぜひゆくゆくは、一部でもいいから、こんなにも面白い路面電車の走る町を復活させてほしいと思います。やる人がいないなら、自分がやりたい。

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