多木曽幹也の雑記ブログ。

【ブログ】馬喰横山・馬喰町・東日本橋…なぜ違う?

 
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ブログ歴10年の副業ライター/「デジ旅!」管理人/Kindle「怒涛!フィリピン滞在記」販売中/建築/ガジェット/鉄道/名古屋出身。 ライター案件の依頼、基本何でも引き受けます。isutabiz@gmail.comまでお気軽にご連絡下さい。
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なんでだろう?最近、イライラする!

東京の地名にイライラする!!

そうなのだ。私は最近、いとうあさこのようにイライラする日々を送っている。
なにの間違いなのか、江戸川区に引っ越してしまい、通勤に新宿線と浅草線を使うことになったのだ。

すると、気づくことがある。

駅が近いのに、まったく駅名の異なるスポットが存在するのだ。

それが、中央区の、馬喰横山、馬喰町、東日本橋の3駅だ。この3駅、まず駅前に、中央区だぞ~という威厳が一切感じられない。厳密にはみんな地下だから「駅上」なんだろうけど。駅を出たときに目に入ってくる、灰色にくすんだ街がどことなく場末感を漂わせている。

まあそれはいいとして、気になるのが駅名だ。3駅はすべて地下で連絡している。グーグルマップを見ると分かる通り3駅が三角形に重なり合い、まるでバーミューダ・トライアングルだ。

都営線同士も改札が離れており、乗り換えに改札を出る必要があるのだが、通るたびに思う。

ぜんぶ馬喰町でよくね?

と。

地下で繋がってるなら、わざわざ駅名を変えんでもええがや、というのが私の持論である。

なんなら近くには両国という、地下でつながらないくせに同じ駅名を名乗る駅があるし、もう少し行けば蔵前という、同じ鉄道会社のくせに一旦地上に出てえっちらおっちら歩かないと乗り換えできない駅だって存在するのだ。

だったらこの3駅、同じでええやんけ。

調べると、3駅のなかでもっとも早く出来たのが東日本橋で、62年開業。開業前は「久松町」を予定していたが、日本橋地区の東端だったこともあり、東日本橋駅に。その後、住所も東日本橋、と改定された。地名よりも駅名のほうがさきに出来たのである。住所は中央区東日本橋三丁目11-8。

その次に、総武線の馬喰町ができる。開業は72年。当時は浅草線との地下乗り換えには対応しておらず、地上に出て乗り換える必要があった。もともと江戸時代に、幕府博労頭という、カウとホースのバイヤーがリブ、つまり牛馬の買い付けをする人々が住んでおり、訛って馬喰、そこから馬喰町になったのである。住所は中央区日本橋馬喰町一丁目11。

最後に新宿線の馬喰横山ができる。このタイミングで3駅が繋がり、例のチューオーク・トライアングルが爆誕するのだ。住所は中央区日本橋横山町4-13、で、馬喰町関係ないじゃん、となる。しかし駅は実際に馬喰町と横山町の中間に位置しているため、じゃあ馬喰横山ね。という由来だ。

ちなみにこうしたキメラ駅名は、醜い争いの結果付けられる場合が度々ある。代表例が新潟県の燕三条と、北海道の新函館北斗だ。燕市と三条市というエリア同士、また函館市と北斗市というエリア同士がつまらんプライドを争った結果がいまの駅名なのである。

この3駅、まず出来た時代が違い、住所も違う。だから非常に正直な駅名ではある。けどまて。わかりにくい。そうは思わんかね。

日本橋、馬喰横山、馬喰町。俳句のように地区名がバラバラなところに、五月雨式に駅が集まって現状があるのだろうが、せっかくインバウンド、そしてオリンピックという東京の半世紀に一度の変革期なんだから、だれか声を上げたっていいじゃない。この駅名を馬喰町でもいい、馬喰ゲートウェイでも横山グランペリーパークでもいい、統一してよ、というのが私の意見である。

なお、足柄駅、という駅が神奈川県にある。片方がJR御殿場線で、片方は小田急。

全く同じ駅名にも関わらず、直線距離でなんと17キロメートルも離れている。しかも真ん中には天下の険、箱根がデデンと鎮座している。

ここは駅名変えろよ、というのも私のの意見である。

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