RASAのフィリピン滞在記。その3。

こんにちは! #手のかかるロビンソンだなぁ の山内淳史です。今回はRASAでのフィリピン滞在記、第三回です。

第一回はこちら

第二回はこちら

2月16日(火)


1時間目はフォークダンスを


毎晩勝手に意識が途絶えて、翌朝6時半には勝手に目が覚めている。日本で暮らしていたら、こんなことは絶対にない。快適そのものだ。

ポケモンと、ピーターパンを子供向けにしたような番組をホームステイ先の家族と見ながら、朝ごはんを食べる。

朝ごはんの食卓には小さいソーセージが並んでいる。噛みしめるとジューシーな味が弾けるように口の中に広がる。シャウエッセンなどの日本で人気のソーセージとは違い、思った以上に甘みが強い。おそらく大半の日本人は好まない味だと思うのだが、甘党の自分にとっては、非常に美味しい。

大口を開けて一口でバクッと食べたところ、ジェリーに「少しずつ食べたほうがいいよ」とたしなめられた。ごめんなさい。

朝の支度を終えて、トライシクルに乗って学校に行く。てっきりいつものように建設作業をすると思いきや、いきなり校庭でフォークダンスが始まった。我々もダンスの輪の中へ引きずり込まれる。この土地の辞書に「遠慮」「謙遜」という字はない。遠慮すれば「Don’t be shy!!(恥ずかしがってちゃダメだ!)」といわれる。お前は何をしているんだ、といわんばかりの口ぶりだ。

そんなわけで、朝一番に女子と踊る!という日本ではまずありえない一日のスタートだ。普段使わない筋肉と脳みそがフル稼働した感がある。

ダンスで始まった一日だが、本来するはずの建設作業が全く行われない。材料を運ぶトラックが遅刻しているのだそうだ。日本でこんな自体が起きれば、天地が割れんばかりにみんな慌てふためくところだが、ここフィリピンでは誰もまったく気にかけない様子。
「あーあ遅れちゃってるのかー」という雰囲気で作業員はタバコを吸い始める。我々ボランティアはほぼ働かない一日だった。これではボランティアではなくニートである。

わずかに行った今日の作業は以下の通りだ。はじめにブロックをバケツリレーのように運び、運んだブロックを鉄筋に差し込むようにして、ブロック塀のように校舎の壁を作っていく。

そしてブロックの隙間にセメントを流し込み、はみだしたセメントはパテをつかってブロックに上塗りする。そしてまた、ブロックを積み上げていく。

このブロック、形は日本のホームセンターの園芸コーナーにあるものと全く同じなのだが、とっっっっっってももろい。触るだけでボロボロ崩れる。
こんなの多少のパンチ力を持った人が殴れば壊れそうだ。ストリートファイターのボーナスステージをリアルに再現できそうである。

休憩中は何かと暇を持て余す。スマホにゲームをインストールしてきてよかった。近藤さんと大橋さんの女子トークに、なんとか食らいついて暇をつぶしていた(ただの会話泥棒である)。


EXILEじゃない方のAtsushi。


建設作業が終わればフォーチュンクッキーを踊る時間になる。自分がもしEXILEのAtsushiだったらこの場にいるすべての女子が歓喜の声をあげるんだろうけど、半田市の淳史がここで踊っても、どうしても盆踊りのようになるため笑いしか起きない。なかなかやるせない。

周りのメンバーは「淳史のおどり、良かったよ!」と言ってくれるのだが、どう考えても踊りが良かったというのではなく、ネタとしておもろいということだ。

とはいえ、ここで何か一言面白いことが言えたら、EXILEとは別方面で人気者になれる気がする。以降、自分の踊りを披露する機会があれば張り切っていこう。自分の殻をやぶるのだ。


橋を見に行こう


学校から帰ると、ジェリーに「しばらく休んでな!」と言われたので、シャワーでも浴びて寝るかと思っていたところ、その直後にまたジェリーから「橋の下に行こう」とのお誘いが。休んでいいんじゃなかったのか…?

とはいえ断るのはもったいない。向かう先は、リンガエンの中心街と、私達のホームステイ先であるドマランダンという集落をつなぐ長い橋だ。少し前の台風で先代の橋が壊されたため、最近になった再建されたという。たしかに、川をまたいで白く真新しい橋がかかっていた。いつ出来たかは聞いてないけど、おそらく数年前とかそんなレベルだろう。ジェリーいわく、橋が復旧するまで渡し船で市場まで出向いてたんだって。

何枚か写真を撮る。2日ぶりにデジカメを使う。デジカメを買ってから初めてフラッシュ撮影に挑んだが、上手く撮れなかった。

その晩はいつもの食卓に、橋からの帰りに買った魚のチップスと春巻きが加わった。春巻きは日本とおんなじ味だけど、少し小ぶりなサイズ。魚のチップスはお酢かソースにつけて食べる。とてもあっさりしている。主婦のおやつにいいかもしれない。

その食卓にはジェリーの彼女さんがいたのだが、そのせいかジェリーも調子に乗っているようだった。
ジェリー「俺はバットマンだ!」
彼女さん「あんたはただのバッドマンでしょ」
ジェリー「何を言ってるんだ!俺は秘密基地を持ってるんだぞ!淳史、みんなが寝たら一緒に行こう!」

なんだこの茶番は、という気持ちで一杯になったが、幸い「茶番」を英語でなんというか知らなかったため、非常に和やかな時間が過ぎていった。

ジェリーが「タンドンタンドン」というお菓子を持ってきてくれた。フルーチェのような素材のなかに、寒天やら白玉がカラフルに入っている。かなりぬるかった。キンキンに冷えていたらとても美味しいだろうなぁと思う。

早速頂いてると、「そのつぶつぶ美味しいだろ!それは俺の鼻息のアブクなんだ!」と言ってくるからたまったもんじゃない。寒天やんけ。

その後も散々ジェリーが冗談を飛ばし、私が「それ冗談じゃないの!?」と言い返す会話が続いた。フェイちゃんや、犬のラックスを可愛がりながら一日が終わった。

2月17日(水)


学校建設にも慣れてきた


今朝はいとこが風邪ににかかったという連絡がきたので、まじない師のばあさんアゲイン。

いとこはアメリカにいるということで、なんとタブレット端末に顔写真を写してのおまじないである。それでいいのかと思った。フィリピンのまじない界にもIT化の波が押し寄せていたのである。

学校へ向かうと、今日は資材不足であることが伝えられる。おいおい、昨日の反省はないのか。

そのため、午前中はひたすらフォーチュンクッキーを踊り、RASA理事長の藤井さんの話を聞いて過ごした。フィリピンの戦争の話、統治者の話、マルコス政権などを話されていたが、フィリピンの生徒が外で大音量の音楽を流していたためほとんど聞き取れなかったのが惜しい。

午後になると、金曜日、土曜日、火曜日の予定を聞いたあと、ひたすら砂場を平らにする作業を行う。平にすると言っても、学校のグラウンドにトンボをかけるのとはわけが違い、ひたすら凹んでいる部分に土を放り込んで、埋まっている岩を引っ張り出して、という重労働だ。ザラに直径30センチはあるような岩を地面から掘り起こしていく。

たまに大森さんが乱入して恋バナを始める。まさしく全身を使った怒涛の作業である。

その後はずっと暇。林さんが日本から持ってきたWi-Fiルータを借りるも、電波が悪くてつながらず、ひたすらデリカシーに欠けることをして時間を潰した。どれくらい欠けていたかというと、詳しくここに書くことはできないほどだ。

作業が終わって帰宅し、シャワーを浴びる。まだ冷たいシャワーに慣れないのが辛いところ。


トライクルに乗って、先生の誕生日パーティーへ。


この日はまたビーチへ行き、トモさんとジェリーとブライアンと、トライクルの練習をした。自動二輪の免許は持っていないが、「半クラ」で進み始めたらアクセルをふかし、クラッチからゆっくり手を離す、という方法でエンストせずに発進ができるようになった。大きな成長である。これでフィリピンでも生きていけるというもんだ。

トモさんは昔、ホンダの750ccのバイクに乗っていたらしく、華麗にトライクルをマスターしていた。シフトチェンジの仕方が、日本は足で「引っ張る」のに対してフィリピンでは「押す」からややこしい、とは言っていたものの、その姿はまるで現役ライダーだ。かっこよい。

その後、ジェリーの運転するトライクルで向かった先は、現地の学校の先生、ランダー先生の家だった。聞くと誕生日パーティーらしい。カラオケ大会が始まった。

ここで補足。フィリピンのカラオケは日本とは似ても似つかない。日本ではカラオケ屋さんに行くのが普通だが、フィリピンではなんとカラオケマシーンをレンタルして、広い家は屋外、狭い家は屋内に機械を置いて、朝から晩まで歌い倒すのである。そこに近所迷惑という概念はない。

トモさんがグダグダながらもビートルズ「All you need is love」を熱唱し、おなじ誕生日パーティーに参加していた野々山さんはタイタニックのテーマを歌う。私は知っている曲がひとつもなかったのでギブアップ。

邦楽なんてもちろんない。「上を向いて歩こう」くらいならあっていいかな、と思ったんだけどね。

ランダー先生に「これはどうだ、日本の曲だぞ」と曲を入れてくれた。心遣いはとてもうれしいが、一度も聞いたことないアーティストの、一度も聞いたことのない曲だ。

普通、海外にも知れ渡る日本の曲というのは、B’zであったりワンピースのウィーアーであったり、詳しく知らなくとも小耳に挟んだことがあるものなのではないだろうか。ここまでサッパリパリパリな曲も初めてである。サーランダーの「日本の曲入れてやったんだから歌えよ」という視線が痛い。

結局、歌とダンスでみんなを盛り上げたトモさんと野々山さんがヒーローになったカラオケ大会だった。

ちなみに、帰宅したのが夜8時。フィリピンの夜は早い。

2月18日(木)


一生モノの、手形を残す。


本日は6時起き。昨日の疲れか、いつもより眠い。

朝ごはん。フィリピン全域かは分からないが、少なくとも私がホームステイしていた家のソーセージはオーソドックスなフォルムをしたものとアメリカンドッグのような形をしたものがあり、オーソドックスなほうは甘く、アメリカンドッグのほうはいかにもソーセージな味付けだ。

ジェリー曰く、アメリカンドッグ型のほうが昔ながらの味わいなのだとか。
学校には集合時間の25分前につくという意識の高さだったが、亜海以外の全員がもうすでに着いていた。みんな真面目だ。

昨日のパーティーにいたメンバーもちょっと眠そうである。でも聞いた話だと女性陣は昨晩サーランダーに引き続きもうひとつの誕生会にも行ったらしい。そりゃパーティをハシゴすれば疲れもたまるってもんだ。

今日は記念手形づくりから始まった。私は指が真っ直ぐに伸びない体質なのできちんと手形が取れるか不安だっかが、なんとか手の形にはなったのでセーフ。全員がセメントに手形を残していた。これが学校建設に私達が参加した記念碑となり、校舎が崩れるまでずっとフィリピンに残り続ける。

この日は手形作りの後、午前にブロック運びを、午後には砂振るいをする。運ばれてきたブロックを一箇所にまとめておくのだが、相変わらず脆く簡単に割れるので、慎重に積んでいく。

ああ、はるか4000年前、ナイル川のほとりで歴史に名を残すことのなかった自分のような若者もこんな思いをしていたのかもなあ…どうも暑すぎるせいか、考えることが素っ頓狂である。

砂振るいも激務だ。3人一組で、一人がスコップで土をすくい、二人が網を張った担架のような道具で、砂と石ころを分けていく。

昼休憩になって、今改めて皮膚がヒリヒリしているのに気づく。日本にいた頃に比べて、日焼けしすぎているとしか思えない。なんでも大橋さん曰く、日焼け止めは1時間から3時間ほどの効果しかない上に、ぬってから10分ほど時間が立たないと効果が現れないとか。やけるわそりゃ。


悲しいほどに、綺麗な夕焼け


作業が終わった後は帰宅速攻でシャワーを浴びて魚の養殖場へ向かう。川越さん、青山さん、三木やトモさんなど、いつもの日本人と向かったわけだが、やはり盛り上がり方が違うというか、元気さが違うというか、みんな若い。

ともかく元気な人たちはみんな写真が大好きなようで、川越さんはセルカ棒を持っており、写真大会が始まった。綺麗過ぎる夕焼け。インスタ映えである。

当初は魚のつかみ取りをする予定だったのだが、養殖池の水深がありすぎて今回は諦めるっぽい。というわけで来た道を蜻蛉帰りする。

空を見上げる三木や橋や夕焼け空なんかを撮っていると、もうすっかり日が暮れていた。夕食後には、高校に向かうと伝えられた。


ギンギンギラギラ夕日が沈めば、それはパーティ始まりの合図


高校へトライクルで行ってみると、ミラーボールが飾られ祭りっぽい雰囲気を醸し出していた。まさしく、「これぞ、パーティー会場!」てな様子である。バレンタインデー記念のパーティが行われていたのだ。

柵越しに高校を覗いてみると、校長先生だろうか、生徒の前で学生時代はいいぞ。という内容の話をしている人がいる。

さらに中を覗き込んで見ると、何人かの現地の人はドレスアップ&タキシードを装備している。おおおお、、、、、いかにもパーティーぽいではないか。

もうすでに日本人のボランティアメンバーも何人か来ている。さっそく、日本人と合流する。何をするでもなく、しばらくの間うだうだしていたのだが、校長先生のスピーチが終わるとBGMが流れ始め、ダンスパーティが始まった。

高校生達がステップを踏み始める。現地の男は相当肉食系なのか、シャルウィダンスと言わんばかりに日本人女性を連れて行ってしまった。。。

残された私たちジャパニーズボーイズは、呆然と椅子に座ってその様子を見ていたのだが、ついにともさんが耐えきれなくなり踊り始めて、さらに水野も連れて行かれ、周囲から「アツシもおどれー」というプレッシャーがかけられはじめる。当時はまだパリピではなかったので(今もだけど)、煽てられて踊るのは苦手というか嫌いだった。

しかし、おっとり調の曲が流れ終わると、今度は急にBIGBANGのファンタスティックベイベーが流れ始めたから溜まったもんじゃない。ウーファーが唸る唸る。いつのまにかダンスの輪の中に取り込まれた私はなんとか死なない程度に盛り上がった。頑張った。

私はいわゆるパリピではないので(二度目)こうした環境は非常に居づらい。仕方なく周りに合わせて跳びはねるのが精一杯で面白さが半分くらいしかわからない。今のパリピ達もこうした苦労を重ねてパリピになっていったのだろう。

三木が盛り上げ役を買って出てくれたおかげでなんとか輪の中に入っていられたのだが、この日はすっかり疲れてしまった。帰ってコテンと寝てしまった。

2/19(金)


バレンタインボール当日の学校建設は「半ドン」


今日は午前のみ学校建設を行い、夜からは現地の学校のパーティーである「バレンタインボール」が行われる日だ。

バレンタインボールとは、バレンタインデーを祝して行う、社交ダンスのようなお祭りだ。現地の学校の生徒さんはこの日のために入念にダンスの練習をしてきたのだ。

学校も、建設作業も午前で終わってしまう。学校主催のパーティがある時点で驚きだが、ましてやパーティのために仕事を減らすなど現代の社畜日本人からは考えられない。これもフィリピンの良い所だ。

今日はひたすら砂の山から砂をバケツリレーしてゆく。これは男の仕事だと言わんばかりに砂山の周りに男が集められ、異性には聞かせられないような恋バナが続いていた。

原さんに変な感じで恋話に巻き込まれた感じのところで土堀りが終わった。こんなにも肉体的に疲れたのは高校の部活以来だろうか。気温は毎日、当たり前のように30度を超える。

この日の昼は、中華のファーストフード「チャオキン(超群)」。これまで野菜や魚が多めだったお昼に、この肉量は嬉しい。チキン、チャーハン、焼きそば、えびせん、ごま団子のセットはすごく自分好みで、日本でも十分やっていけるんじゃなかろうか、と思える。ケンタッキーに近い、体に悪そうなジャンクフードだが、たまーに心ゆくまで食べたくなる。

その後帰宅してシャワー。もうシャワーの冷たさも、石鹸も、水の匂いにも慣れた。さっぱりしたところで日記を書いたりゴロゴロ過ごしたり。そして夜6時半くらいにトモさんとともに会場へ向かった。


バレンタインボールへ!


会場はリンガエンビーチにほど近いプレジデントホテルという場所。到着すると入り口に、気合いの入ったおしゃれをした人々が集まっている。現地の人は男はタキシード、女はドレスなのだ。日本人も何人かはドレスを買ってもらっていたのだが、現地の学校の方針で日本人はRASA支給のTシャツと決められていた。それで現地人の数名がモメていたのは言うまでもない。フィリピンでおろしたての服は高級品なのだ。

室内に入ると、寒い。いくらなんでもやり過ぎな18度設定の冷房がガンガン動いている。中に入ると既に何人か日本人が到着していた。適当に席に座って何人かと話して待っていると、ご飯食べられるよ的なアナウンスがパーティ会場に流れたので、みんなでご飯をもらいに行く。なんとなく給食みたいな配られかたである。

ご飯を食べ終える頃になると、いよいよダンスが始まる。昨日のダンスで味を占めた私達RASAメンバーも踊る。三木と青山さんとで私をすんなりダンスの輪に入れてくれたおかげで、昨日よりよっぽど楽しむことができた。

そしてお決まりのようにおっとり調の曲が流れ終わると、やはりパリピソングがやってくる。わーお、ファンタスティックベイビーダンスである。ちなみに顔が老けているせいだろう、私は現地の生徒さんたちには相手にされず、ずっと現地の学校の教師陣と踊っていた。モテ期を逃すと男には苦痛が待っているのである(失礼)。

一方現地の男性にモテモテだったのが岡部さんだ。現地の生徒さんからは、親しみを込めて「アテ(お姉さん)」と呼ばれていた。

タキシード姿の中学生が、アテに一輪のバラの花を持って、一緒に踊りませんかと言っている。日本でこんな光景が見られるだろうか…。男性陣の素敵なエスコートにただキュンキュンするばかりである。

さてここで日本人のターン。パーティに招いてくれてありがとうということでマイムマイムを踊った。さながら美女と野獣のラストシーンのような空気の中で、マイムマイムはさすがにちがうだろう、と思われるかもしれないが、フィリピン人はこういうのが大好きなのだ。一番は日本人だけで踊り、二番からフィリピン人も大勢混ざって、正確に言うと半ば乱入気味で、みんなで踊った。

パーティは22時終わりの予定だったが、私はそれをホストファミリーにすっかり伝え忘れていたので、ダンスリーダーの原﨑さんとトモさんとともに他のRASAメンバーより長くパーティを堪能することができた。ちなみに日本人が退散したあとは成績優秀者の表彰みたいなものが始まってたので、もうパーティーなのか終業式なのかわからん。ぶっちゃけ退屈な時間を過ごしていた。

雲烟―リンガエンの空へ

雲烟―リンガエンの空へ

posted with amazlet at 18.04.23
中塚 靖雄
ほおずき書籍
売り上げランキング: 2,574,349

フィリピン―急成長する若き「大国」 (中公新書)
井出 穣治
中央公論新社
売り上げランキング: 10,821

シェアする

フォローする