【ヨーロッパ旅行先におすすめ】スウェーデン リンシェーピン(Linköping)滞在記。2016年夏

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こんにちは!卒論を書き終えました、山内淳史です。

世界有数の福祉国家スウェーデンに、一昨年に行く機会があったので、日記をブログにします。2016年夏に訪れた時点の情報なので、旅行計画の参考にされる方はその点を御了承ください。

また、長い文章になりましたので、ブックマークにでも登録して、ゆっくり旅行気分を味わっていただければ幸いですし、飛ばしながら読んでいただいてもありがたいです。

一緒に旅立ちましょう!


2016年、夏。中部空港にて。


なんといきなり、中部空港発の飛行機が遅延してしまった。整備が遅れたとかなんとかで、中部空港につくのが2時間遅れてしまい、出発も2時間遅れてしまったのだ。

お詫びのつもりだろう、1000円分の食事券をもらった。当日のみ有効とのことで、スカイデッキ隣のベーカリーできっかり1000円分、ベーグルを購入した。

ベーグルをかじりながら思う。そもそも事の始まりは、母親の友人がスウェーデン人で、そこに住んでいる、という話から始まる。

一度遊びにおいでよと言われ、気を良くした母が、自分と自分の妹とを引き連れて、さてスウェーデンにパーッといってみようじゃないか、と、そういう話らしい。

初めてその話を聞いたときは、しがないサラリーマンが「有給使ってハワイ旅行行きてえなあ〜」と居酒屋で話す程度の実現度だと思っていたのだが、2016年の春先に「夏休みはスウェーデン行くからあけときなさいよ!」と言われ、まあびっくりしてしまった。

海外に関して、母は欧米圏であればハワイからシンガポールまで行けてしまうタチなので、語学面は安心だ。映画「フラガール」に感化され一人でハワイまで行ってしまう程だ。しかも私にとっては、夏休みに行われる、最悪な大学祭実行委員会の集まりをサボるいい口実が見つかった。ここまでウィン・ウィンなこともなかなかないので、この時ばかりは母について行くことにしたのである。

さて、話を出発日の中部空港に戻そう。

飛行機が遅れて何が厄介かって、目的地がストックホルムなのだが、一旦中部からヘルシンキに行って、そこでの乗り継ぎがうまくいかなくなるのだ。
そもそも日本から欧米にいくには一旦ヘルシンキを経由するのがオーソドックスなので、この便が遅れると、他の便が遅延したときよりも数倍めんどくさいことになる。

しかもよりによってストックホルムから先、最終目的地のリンシェーピングに向かうまでの特急列車の乗車券も買ってしまっていたので、この遅延は大損になる。

出発直前になってもフィンエアーのお姉さんと折り合いがつかないため、面倒な事柄は全部ヘルシンキへと先送りにして、ダッシュで飛行機に乗り込むことに。ダッシュだったので面倒な手荷物検査がすっとばせたのは良かった。いつもながら中部空港はザルである。まあ中部空港を使うようなマニアックなテロリストはいないだろうから、これはこれでいい。


飛行機に乗って


今回のフィンエアーはフィンランドの航空会社で、北欧ではおそらく有名な航空会社なのだろう。椅子は落ち着いたアイスグレー、枕やブランケットはマリメッコのデザインで美しいしかわいい。ちゃんとテレビもついており、備え付けがよくあるヘッドホンではなく、コンパクトなイヤホンだった。エコノミーだから文句は言えないが、しかしながら音質は耳の穴がぎりぎり壊死しない程度である。

テレビでは日本語音声でズートピアが見られ、フライト情報には現在位置の他に高度や速度がわかり、さらに飛行機に取り付けられたカメラで飛行機前方の景色を見ることができる。このあたりは充実感があり嬉しい。

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さて、映画二本をみて、この日記を書き起こしている間に、ヘルシンキについた。ヘルシンキには、この地で生まれたとされるムーミングッズがいっぱいである。また、8月だというのにセーターが欲しくなるほど涼しい。日本の4月くらいの天気だと思う。


8月2日 まさかのフィンランド泊


さて、ヘルシンキにて、結局ストックホルムへ当日中に到着することはできないとわかり、緊急でヘルシンキに一泊。ゴネたらフィンエアーからホテル代が出た。「海外ではゴネなきゃ損!」と母は豪語する。しかし電車の切符はどうにも払い損である。

ストックホルムの夜は10時まで明るい。時差と日照時間で、脳みそが壊れそうだ。テレビをつけてもフィンランド語で、何を講じているかわからない。もうこんなときはさっさと寝るに限る。

そして翌朝はなぜか5時に目が覚めた。一人ぼっちのビジネスホテルの部屋で目覚めると、朝ごはんを食べてヘルシンキ空港に向かう。

ヘルシンキ空港はお土産屋のムーミングッズが充実していたり、ムーミンショップがあったり、28番搭乗口近くにはムーミンの展示があったりと、かなりムーミン推しであることがわかる。かわいい。


8月3日 いよいよスウェーデンへ。


飛行機に乗り込み1時間、あっという間にストックホルム。しかも時差で一時間遅いから、ヘルシンキを出たときと全く同じ時間にストックホルムについたことになる。同じ欧州だからなのか、ヘルシンキでの出国審査も、ストックホルムでの入国審査もなかった。ちなみにヘルシンキのあるフィンランドはユーロだが、ストックホルムのスウェーデンでは「クローナ」という単位を使う。2018/02/10現在で1クローナは13.5円である。だから計算が難しい。ごクローナことである。

ストックホルムの空港で、電車を待つ。その間にファンタをセブンイレブンで買うのだが、お値段なんと27クローナ。ジュースが日本円で400円弱という恐ろしい物価である。この他にも色々と売っているのだが、どれもどんぶり勘定で日本の2倍ほどする。せっかく意気込んで、シムフリーのタブレットに付けるSIMカードを買おうと思っていたが、この物価高では手が出せない。今回は諦めた。

そんな物価の代わりにスウェーデンは、福祉が充実していると聞く。おかげで幸福度が世界的に高いと聞いたことはあるが、福祉に無関係な旅行者としては物価が高くてキレそうである。

さて、ストックホルム中央を経由しリンシェーピンへ向かう電車のホームは地下にあり、真夏だというのに寒い。またトンネルも日本の地下鉄のように機械で掘ったものと違い、まるで手で掘ったかのようにゴツゴツしている。どう掘られたんだろう…よくあるホラー話で「人柱」みたいな闇がありそうなのであまり詮索はしない。

そうこうしているうちに、電車がやってくる。2階建て車両の3両編成。デザインはいかにも欧州という感じで、子供の頃に「はやいぞ!しんかんせん」的なビデオで見かけた、フランスのTGVやスペインのタルゴもこんな顔をしていた気がする。ストックホルムのおしゃれな町並みや地方の麦畑を、遅くとも150キロくらいは出ていただろうか、快調に飛ばしていった。

そしてリンシェーピンに到着。2時間の道のりだった。そこで、今回お世話になるホストファミリーのリルさんと合流して家へと向かう。

家に向かう途中に街の中心部を抜けていくのだがこれが素敵すぎる町並みで感激だ。道は「道路」というよりも「街路」と言った具合で石畳になっていたり、建物がこれぞヨーロッパ!と言う雰囲気の統一感ある可愛らしさ、そして教会の塔がちらっと見えたりする西洋感がワクワクをかき立てる。

車も、トヨタや日産など日本車は少ない。台数的にヒュンダイやキアなんかの韓国車とあまり比率が変わらないようだ。反対に、ワーゲンやシトロエン、ボルボ率が高く感じられる。ちなみにボルボはスウェーデンの自動車会社で、堅牢さを売りにしている。

街中を抜けると次は広大な麦畑が見えてくる。遠くには小高い丘、近くには放牧された馬なんかがのんびりお昼寝している。

そうしているうちに、ホストファミリーのリルさん宅に到着。飼い犬のティケが出迎えてくれた。荷物を整理した後、さっそく、お昼をごちそうになる。その後に散歩に出かける。散歩では、ホストファミリーの母方の祖母の家を訪れた。彼女は、英語ができない。しかし言っていることはなんとなくわかるのが面白い。スウェーデン語とフィンランド語が大いに違うということもわかった。スウェーデンはベルギーの言葉にとても近い、ということも知った。祖母の家でブルーベリージュースを頂いた。ちょっと野性味を帯びた、甘みの強いぶどうジュースのような味わいで、気に入った。

その後、もう少し歩いて、途中で迎えに来てもらった車に乗り、近場の航空機の博物館へと向かう。頻りにエアクラフトという単語を聞く。エアクラフトと言われると、私はクラフトという単語をペーパークラフトかテクノポップの「クラフトワーク」にしか使ったことがないから、ピンとこない。結局飛行機という意味であることはわかった。

航空機博物館の中に入ると、パイロット姿をした学芸員が出迎えてくれ、奥へ進むと体育館のような建物の中に、航空機100年間の歴史を記録するべく、新旧様々な飛行機がおいてある。

かつて、各務原の航空博物館へ一度だけ行ったことがあるが、このリンシェーピンの博物館のほうがよほど大規模だと思う。やはり歴史の違いか、複葉機やジェット戦闘機などバラエティに富んでいる。それもこれも、この地が大戦期に航空機産業で大いに盛り上がったためだ。ちなみにスウェーデンは第二次世界大戦に参戦していない、中立を保つ平和の国だ。

さて、町中を散歩して思ったが、スウェーデンはとても公園が多い。小さな公園が点々と、いち区画に一つは作られている。さらに、スウェーデンの夏はとても日が長いので、この日は夜の21時過ぎまで、近場の公園から子どもたちが遊ぶ声が聞こえた。日本では五時までには帰りなさいと厳しく躾けられるのだろうが、このあたりではそんなこともないのだろう。こういう大らかさは大好きだ。

あとは、スウェーデンでもポケモンGOは大人気だ。私が滞在したリンシェーピンの街にも、公園や教会などにポケストップがあり、子どもたちが群れをなして、モバイル・バッテリーをぶら下げたスマホを手に持ってブラブラしていた。

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まったく、自分の少年時代はまだガラケーすら発展途上で、携帯の暇つぶしはもぐらたたきくらいしかなかったから、遊びに行くときはゲームボーイアドバンス通信ケーブルをカバンに放り込んで自転車で街へと駆け出したものなのに、今の子供はおしなべてスマホに遊ばれている。子供時代の経験は大人になってからの生活に直結するわけだから、スマホばかりで遊んでいては子供の将来にとって大損である。(こういう考えを老害というのかなあ…)

そんなことを考えているうち、自分のスマホにも未発見のコダックがやってきたので、ゲットした。


8月4日 深い眠りから覚めて


目が覚めると、まだ朝の3時だ。時差ボケである。昨日は晩御飯を食べているうちにものすごい睡魔に襲われて、寝る支度もそこそこに早々と寝てしまった。それが響いてこの時間の起床である。

しかも、体がさほど疲れていないせいで、変な夢ばかり見てしまう。私は基本的に夢を見る体質ではないから、何か事件的なことがなければ夢など見ない。そのせいか分からないが、悪夢が多い。

この日見た夢は、まるで悪魔城ドラキュラか、キャッスルヴァニアに出てくるような暗い西洋の城を、ヨボヨボの老賢者の格好をした私が冒険するというものだ。それだけならまだいいものの、城の塔から不気味な笑い声が聞こえる。見上げてみると中学校時代の友人で、今は自衛隊で働いている清水くんが悪魔の格好をしている。彼がフォークみたいな槍を私に突き刺して来たと思って素早くかわそうとすると、白い鎧を身にまとった、同じく中学校の友人である、当時学級委員だった服部くんが私のヨボヨボな体を案じて助太刀をしてくれた。そうして戦いが続くうちに気が遠くなって夢から目覚めてしまったのである。旧友相手に戦うのも楽ではないのだ。

夢で疲れている場合ではないのだが、まだ眠気はしっかりと残っている。トイレを済ませてもう一度睡眠にチャレンジする。

お次の夢の舞台は神社である。場所ははっきりしないが、おそらく京都の伏見稲荷、おもかる石のあるところだ。ここに大学で世話になっている山科君と立っている。ちなみにおもかる石とは、伏見稲荷に置いてある、人の顔ほどのサイズがある石のことだ。願いを一つ思い浮かべながら石を持ち上げた際に、イメージしたよりも石が軽く感じた場合は願いが叶うと言われている。私は今まで一度も予想より軽かったことがない。
さて、夢の舞台でその山科君がおもかる石を持ち上げたあとに、予想より軽いと言い出す。そんなバカな、と鼻で笑って彼とすれ違った後、思い出したように彼の方を振り向くと、隣に可愛い女の子が立っている。この一瞬の間に山科に彼女ができた。おもかる石恐るべし。そう思って、私はめまいがしてきた。そのまま地面にまっすぐ倒れ、その勢いで目がさめたのが、朝の八時半だった。

大慌てで山科くんにLINEをすると、最近知り合ったばかりの女の子をご飯に誘ったというではないか。いやはや偶然とは恐ろしいもんである。北半球を半周しての虫の知らせだとしか思えない。ご苦労な虫だとしか言いようがない。私は非常に胸騒ぎがしたので、そのまま山科君がご飯に誘った女の子にLINEをして、飲みに行く約束を取り付けた。

さて、今日の日記はすでに非常に長いが、まだ朝の8時半である。着替えをして、朝食をいただく。

スウェーデンは非常に乳製品を多く消費する。食卓には、日本ではおおよそ出会うことのなさそうなチーズの塊と、牛乳、飲むヨーグルト、豆乳、バターの塊、そしてパンとクラッカーとシリアルがそれぞれ二種類ずつおいてある。これが西洋の食生活なのだな、と思う。シリアルはりんご味とイチゴ味、それを豆乳でふやかして食べる。甘くて美味しい。

今日はそのまま、リンシェーピンの町中にある、古い建造物を一箇所に保存している地区へ向かった。日本で言うところの明治村か、合掌造りである。スウェーデンの古い町並みは、まるでおとぎ話に出てきそうな可愛らしい建物が、ちょうどえんじ色に塗られてズラッと並んでいる。すごくきれいな表現をすれば、おもちゃ箱へ迷い込んだようであり、きれいでない表現をすれば、血塗られたシルバニアファミリーというのが適していると思う。家々は、実際に人が住んでいるのもあれば、雑貨屋を開業しているものもあり、最近よく見かける、首から一眼レフをぶら下げたいわゆるインスタ女子がきゃあきゃあと言い出しそうな町並みなので、私も女子ではないがテンションが上がる。

そんなおもちゃ箱のような家の隣にある噴水広場で、売店のイチゴアイスをいただく。断っておくが家といいアイスといい、狙って赤系を選んでいるわけではない。壁の褐色は、壁を塗るのに安上がりな色だからであり、イチゴアイスを食べたのは、スウェーデンはいちご栽培が盛んで、7月がシーズンなのだ。だからスウェーデンのどこへ行ってもいちごが美味しい。更に私はいちごが好きなのだ。だからいくらでもいいからいちごが食べたくなるのだ。朝のシリアルもイチゴ味、ジュースを飲めばイチゴ味、だからアイスもイチゴなのだ、いちご長者にでもなった気分だ。

しかしこういうとき、注文するのは面倒だ。スウェーデン語でイチゴはストロベリーではない。なんとなく、これはイチゴを意味しているんだろうなと思える文字列は見つかるのだが、今度は発音がわからない。だから仕方なくストロベリーというと、気の利かない店員は「what?」とか「say again」とおっしゃる。これは口も耳も疲れてしまう。

しかもスウェーデンはものすごくキャッシュレスが進んでいる国で、支払いの大半はカードを切るのだ。しかし私はカードが嫌いだ。電子マネーは大好きだが、クレジットカードはオンラインの決済くらいでしか使いたくない。しかもカードのピンコードを失念していたので、レシートに署名するのだが、これも気分がスッキリしない。そもそも、いくら使っても財布からお金が減らないのは逆に不安になる。私はいちいち、何に何円使ったか覚える器用さを持ち合わせていないのだ。

その後、これらのグチグチは全部イチゴアイスの美味しさに負けて何処かへ行ってしまった。なんともおめでたい脳みそで助かった。ちなみにともにアイスを食べていたホストファミリーのヨハンはここでアイスをまるっとこぼしてしまった。こぼしたアイスを小鳥が喋んでいたのが印象深かった。

さて、ここでは、当時の生活を再現した寸劇も行われる。今日は銀行強盗が入ったという設定。観ることには観たがスウェーデン語なのでさっぱり頭に入らなかった。そんなもんである。

その後、飴屋でお土産のアメを買い込んで、リンシェーピンの街の中心へ向かう。ここへ来てようやく気がついたが、車がオートマではなくマニュアルである。私はお金も手間もケチりたかった為にオートマ限定で免許を取ったので、なぜマニュアル車に乗りたがる人々がいるかわからないし、分かったところで、ではなぜマニュアル免許を取らなかったのか、となるのがわかっているので、知りたくもない。

街の中心はさながらファイナルファンタジーの世界である。古い建物も新しい建物も西洋という呼び方がバッチリ似合うデザインで、日本と違って統一感がある。また電線が地下に埋められているので、街の景観がとてもきれいだ。地面もコンクリではなく石畳で地面にすらリズムがある。こうした風景は、さすが地震のない国である。

私は海外に行くと髪を切ってもらうことにしている。まさか、観光客が床屋を訪れることはあるまい。そう思うかもしれないが、だからこそ、現地人しか利用しない床屋には、現地の文化がまるまる残っているのだ。それを体で味わえるのだから、床屋ほど訪れる価値のある場所はないと思っている。

ただ、万人にはおすすめしない。まず女性は気が引けるだろう。無理に行かなくて良い。男性でも、ヘアスタイルにこだわる人は、まず望みの髪型にならないので行かなくていいい。日本の床屋が快適過ぎるのである。3000円で髪を切り頭を洗いひげそりやマッサージまでしてくれる日本のサービスに慣れていると絶対後悔する。フィリピンでは屋外の床屋で髪を切ってもらったが、バリカンで左右を短く刈り、頭頂は短くし、不潔なひげそりの刃でモミアゲをぞりぞりするだけで、シャンプーどころかドライヤーすらなかった。おかげで痒くてたまらなかった。

リンシェーピンでは、「スウェーデン人ぽい髪型にしてくれ!」と入れ墨がびっしり入った美容師さんにオーダーし、切ってもらった。たしかに髪型だけ見ればスウェーデン人ぽい。しかし素材がアジア人、さらにお世辞にも優れているとはいえないので、出で立ちが完全に池袋か秋葉原にいる中国人観光客である。

ちなみにこの時、うちの妹はコスメ探しに躍起になっていた。ヘアカットよりよっぽど常識的な思い出作りだなと思った。

散髪のお陰ですっかり中国人のようになったあと、この街で一番古い教会を訪れた。私は教会やお寺や神社を巡るのが好きで、いろいろな場所を訪れているのだが、教会というものはどこへ行っても似た作りである。もちろんお寺も似たりよったりであるが、まず崇める神様が同じであること、左右対称のシンメトリーであること、この2つがキリスト教圏の教会をどこでもそっくりにさせている。

では、どこへ行っても同じ教会を訪ねて何が面白いかと言われると、少し困る。きれいだからという理由ではあまりにチャチだし、だからといって、宗教画が文字を読めない人にも宗教を分からせるために、絵にストーリーがあって…などと講釈を垂れるつもりもない。なんというか、こうした世界観を作り出す為にとてつもない労力を要した人がいるということを考えるのが好きなのだ。キリスト様の彫刻一つとっても、私が一朝一夕でできるものではない。

教会を訪れた人の残した寄せ書きノートをたぐってみるとチラホラ日本語が書かれている。日本人が訪れたのかと思って見ていたがひょっとしたら日本語がわかるスウェーデン人が書いたかもしれない。でもそれじゃ旅情がないから、自分の中で勝手に日本人が訪れたことにしておこう。この日はそんな一日だった。


8月5日 スウェーデンの歴史めぐり


翌日はリンシェーピン郊外まで、車を飛ばす。スウェーデンは高速道路にお金がいらない。また法定速度取り締まりカメラを通りかかる数百メートル前に、わざわざカメラがあるぞという標識を掲げてくれるので、カメラの手前で減速できる。だから普段はそこまで法定速度を気にしない。120キロで快適に飛ばしていく。

途中のガソスタでガソリンを入れている間に、イチゴ味のソーダ水を買った。味はかき氷のイチゴシロップをソーダで割っただけのようであるが、クソまずい。鬼のようにまずい。

さて、一時間しないくらいで、小高い丘にたどり着いた。ここはいまから3〜4000年ほど前に、かのヴァイキングが根城にしていた山である。標高はあまりないのでピクニック気分で登山できる。山からの眺望は素晴らしく、展望台に登って眺めると、特に西の方角は、広大な湖が豊かな水をたたえ、そよ風がその水面をキラキラさせている。雲は、上空に水彩画のような白さで横たわっている。山頂は草木が生い茂り、バッタやてんとう虫など小さな生き物が飛んだり跳ねたりしている。そんな場所だ。住みたい。住むじゃ物足りないかもしれない。いっそ建国でもしたい。建国して、私が国王になり、バイト先の上司や先輩、そして大学の友人を大臣に据え、知り合い全員に市民権を与え、みんなで農作業しながら幸せに過ごしたい。そんなことを思っていた。

妄想が一段落したので、そこから移動して、次は麓の小さな城下町へ。ここで昼食を頂く。

ホームステイをしておきながら外食が多い日程だったが、そのたびにスウェーデンの物価高を、ひしひしと感じる。サイゼリヤで399円で出てきてもおかしくない食事で、ゆうに1000円を超える。お酒も一杯600円とか700円とかで、日本でビールが飲みたくなった際に行く餃子の王将の費用対効果が、神レベルに感じられる。外国人観光客が大挙して日本に訪れるわけである。彼らにしてみればクールジャパンではなくチープジャパンなのだろう。

一通り、お昼のランチプレートを片付ける。スウェーデンの食事は、肉とじゃがいもがメインで、少し野菜が添えられる、と書けばだいたい説明がついてしまう。ここに塩コショウ、ケチャップなんぞ掛けて美味しくいただく。じゃがいもは、小さいコロコロしたやつをそのまま茹でることもあるし、もちろんフライドポテトにすることも多い。そしてお冷は、スウェーデン語でヴァッタンという。だからごくまれに英語の通じないレストランを使うときは、メニューを指差して、あとヴァッタンね、と言っておけばいいと思う。私はコミュ障だから英語の通じるレストランへ行く。

このあとに城を訪れる。名前は忘れてしまった。昨日の教会と同じく左右対称のデザインで、バランスの取れた美しさがある。それがドデンと湖の岸辺に建てられている。また、湖水を取り込んで堀にしている。日本の城のような、曲輪や二の丸三の丸はなく、日本の城よりは攻め甲斐を感じさせないのが、城マニアとしては味気ない。

どれほど私が城マニアかというと、小学校6年生の卒業文集に、みんなが消防士だとか客室乗務員だとかの夢を書いている中で、唯一、城についての魅力を語り、将来は日本の城すべてを訪れたいです、と書いた程である。がしかし、このことは私にとって黒歴史であるので、ここまで読んで頂き恐縮だが、このページを見終えたら一瞬で忘れてもらって結構だ。

堀にかかる橋を渡るとすぐ城の中庭に出る。すると、非常に荘厳な、見上げるばかりの城が威風堂々と建っており、城の壁のレンガの一つ一つは年月を経て非常に重厚感がある。中庭を囲むように建物があるので、最近発売された、360度を撮影できるカメラが欲しい、と思った。たしかサムスンやHTCなんかが作っていたはずのあれで、城全体が一気に撮影できたらきっと愉快だろう。城の中もそれで撮りたい。そして動画をYouTubeにあげれば、広告収入だって期待できそうなくらい、多く再生されるに違いない。YouTuber誕生である。

城の中に入る。一部は改装されたのか、棟の中にエレベーターやキッチンシンクがあって、がっかりする。しかし本殿とでも言うべき、一番大きな建物の内部は、いかにも階段の向こうから、ドレスの王女様か鉄の甲冑に身を包んだナイトでも出てきそうな出で立ちである。階段を一歩ずつ踏みしめて登ると、洋風の窓から柔らかい日光が差し込み、漆喰の壁を優しく照らしている。

そして本殿に隣り合っている塔は、窓や隙間が一切なく、いかにも戦いのための設備という雰囲気で、レンガが腐食していておどろおどろしい。スマホのライトがないと怖くて先に進まれない。このアヤシイ雰囲気は、いかにもロックバンドがPVを撮りそうな雰囲気だ。

ちなみにこの城に面した湖はとても美しく、湖といえば、かの汚い琵琶湖というイメージで育った私の「湖観」(?)を一変させてくれた。ここの湖水は透き通っていて、もう少し暑ければ飛び込んで泳ぎたいほどだ。

次に、Bergの水門を訪れた。なんでアルファベットで書いたかといえば、発音がてんでわからないからであって、ただでさえ冗長で読みづらい文章をさらに複雑にしてしまわないようにと、配慮した結果である。とはいえ、どう読むか気になるので、Googleに聞くとBergで「バリイ」と読むのだそうだ。ほら読めないでしょ。言語の壁は厚い。だから勉強のしがいが有るのだ。

さて、さきほどのヴァイキングの根城であった山から見えた湖と、このBergの水門とは運河でつながっているらしい。そんな運河沿いの水門付近を散歩する。ここはいわゆる階段運河で、難しい言い方をすれば閘門(コウモン)式運河である。

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数カ所の閘門によって、水かさが仕切られており、船が行き来する際には、1段1段、水を抜いたり入れたりして階段を登るように船を進めていく。パナマ運河が有名なあれだ。このおかげで山の斜面を船がすすめる、という算段なのだが、残念ながらあまり活用されている印象はなかった。船がそもそも少ないのだ。

運河沿いの小さな売店で、アイスを買う。イチゴは昨日食べたから、チョコアイスにした。海外はおしなべてチョコの味が濃いので、私は海外に行くと必ずチョコを食べる。甘い甘いと言いながら食べる。それが幸せなのだ。どこぞの記事で、アイスもチョコも中毒性が有るというのを読んだことがあるが、私はそんな記事は見なかったことにしている。今日もアイスが美味い。こうしてこの日も過ぎていった。


8月6日 港町をゆく休日。


困ったことになった。なにって、洗濯を忘れてしまったのだ。今回はホームステイだから、洗おうと思えばいつでも洗えるという気になっていたが、朝起きて着替えを済ませて、ああ洗濯しなきゃ、でもその前に朝ごはん、と、朝ごはんを貪り食っているうちに、洗濯物のことを忘れてしまう。

シャツやズボンは、さほど汗もかかないし汚れてもいないので、2日連続で着ても構わない。しかしパンツは毎日変えたい。まったく、4枚では足りなかった。次から海外旅行の時はスーツケースに4枚、自分が履くのを一枚の計5枚にするように肝に銘じておこう。もちろんこんなところで、しっかり忘れずに洗濯をすればいいんだよっという君子の正論なんか聞きたくない。変わりたくても変われないのが人の心なのだ。平安時代の歌人もゆっとるじゃないか。

今日は結構遠くの港町へ行く。ホストファミリーの愛犬・ティケも一緒だ。

港町といえば、私の中では、みぃなと、みなと函館、通り雨…の森進一だが、辿り着いたベステルビークの港町は、森進一が流れてはいけないほどに、非常に明るく、カラフルで、おしゃれで、小洒落た街だった。そこに森進一の渋さは一切なく、どうせ歌うなら、いきものがかりあたりがぎりぎり許されそうな雰囲気だ。昔の名古屋にイタリア村というのが会ったが、あれに近いかも知れない。

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そこで昼食をいただく。ミートボールところころじゃがいもの、やはりサイゼっぽさをどこかに秘めた食事である。別に高級レストランというわけでは全然ないのだが、この一皿で1400円近くとられる。もう考えるのをやめよう。

町を歩いていると、レトロなクラシックカーや、アメリカンテイストな雑貨屋、鮭をかたどった噴水などいろいろなものが目に飛び込んできて飽きない。

そして、これはここでの景観や居心地が良い理由の一つだと思うが、スウェーデンでは非常に多くの花が咲いており、綺麗に飾られている。電灯からフラワーボールが提げられていたり、花壇には綺麗な花がきちんと育てられていたりする。

町を軽く歩いた後、喫茶店に寄り、ココアを飲む。ここでは、店の奥側が小さい庭園になっていて、そこにパラソル付きのテーブルが置かれ、のんびりくつろげるようになっていた。

カフェにしろレストランにしろ、この季節はみんな屋外に机をおいて、簡素な屋根やひさしのもとでのんびりする、いわゆるオープンテラスが好まれているようだ。北欧ならではのこの習慣、この真夏に日本でやったらみんな干からびると思う。

逆に真冬は当然、スウェーデン人も屋内で食事をするはずだ。冬場のための屋内テーブル席も当然おいてある。

しかし、夏場のレストランはどこへ行っても屋内席はガラガラだった。みんな外で食事をしている。虫もそんなにおらず、たまにハチ(刺さない)が飛んでくるくらいだということも、屋外での食事が好まれている理由だと思う。スウェーデンは冬が長いから、外に出ても辛くない時期はおもいっきり外での生活を楽しむのだろう。そのためのオープンテラスと、たくさんの花々なのだ。たぶん。

そんな、マリオカートで言うところのモンテタウンみたいな素敵な街を、比較的さっさと立ち去り、リンシェーピンに戻ってきた。車は片道1時間半くらいであった。道中、飲んだココアが一気に膀胱にやってきて、かなりきつい思いをしたが、なんとか耐えきったので、まあ良かったと思ったことを報告しておく。

リンシェーピンに戻り、父方の祖母の家を訪れる。そこは平屋だが広々とした家で、玄関からトイレまでセンスよく雑貨や植物が置かれ、どうぶつの森に出てきそうな家だ。ここで、おばあちゃんが朝に焼いたというクッキーを頂いた。朝クッキーを焼き、昼下がりにそれを息子と孫と食べるだなんて優雅だと思う。福祉国家のなせる技だと思う。

実際、超高齢化社会と言われ、どこの街にも高齢者が溢れる日本と違って、スウェーデンは非常に子連れの夫婦をいろんな場所でよく見かけ、おじいちゃんおばあちゃんはそんなに多く見かけなかった。日本もこうなればいいのに。

その後、家族全員と、友人一人を交えて夕食。みんなで手作りのハンバーガーとホットドッグを頂いたのだが、ホットドッグってどんなのだっけ?状態だった私は、ホットドッグのパンを使ってハンバーガーを作ることに精を出していたのだった。

日記はここで途切れている。翌日からたしかストックホルムへ行ったと思うのだが、その話はまた別の機会に。

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山内淳史 Atsushi Yamauchi

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1995年愛知県生まれ。大学時代に先輩に騙されて入った携帯屋のアルバイトでスマートフォンの魅力を知る。 機種の外観だけでスマホのメーカーと型番がわかるようになった頃、旅行にハマり、アルバイトの収入の大半を旅行につぎ込むようになる。おかげで日本中の人と地元トークができるようになり、その謎知識から現在の職場では営業先の地方にいるお客様を不必要にビビらせている。 ブログ歴は2009年から書いており10年目。現在のブログは3代目。 「手のかかるロビンソンだなぁ」(isuta1205.com)のほかに寄稿多数。 「KOKACARE」(http://healthcare.halfmoon.jp/blog/) 「EDIT知多半島」(http://chitahantou.net/)など。

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